
たしかに、動物の虐待は良くないでしょう。
しかし、闘牛を禁止するなんて・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100729-00000014-mai-int
今の、環境問題にせよ、動物愛護にせよ、
過激な団体の多くは、
「金」
が主の目的です。
それに、同調する、マスコミや、
名前を売りたい、ハリウッドのスターなんかは、愚の骨頂だと思う。
そういうなら、
環境を破壊するような、
飛行機にも乗らなきゃ良いし、
牛や、豚なんかも食べなきゃ良い。
以前、ある漫画で(マンガかよ!!)
食べられるために、家畜として飼われ、
抵抗する場もなく、
信頼していた人間に殺されるくらいなら、
突然殺されるかもしれないけど、
自由に行動し、戦える、クジラでありたい。
なんて台詞がありました。
戦争で戦って、死んでいくのと、
アウシュビッツのような収容所で、ただ殺されるのを待つか?
みなさんは、どちらを選択されるでしょうか??
たしかに、闘牛は、
残酷かもしれません。
しかし、文化です。
文化を否定することは,自ら民族のルーツ自体を否定するようなことに
ならないでしょうか??
なんと暑いことか!!
こんなに暑いのに、
食欲は全く衰えない・・・
お〜い
俺の夏バテはどこだ〜
昨日、勉強会の時間を利用して、
セントラル歯科の天井と壁の拭き掃除をみんなでしました。
普通の掃除はするものの、
天井と壁って盲点で、
結構汚れていてびっくり!!
(>_<)
汚れが完全に落としきれずに、
逆に汚れが目立つ部分が出たりして、
また、引き続き掃除をしなきゃいけないのですが、
それは置いておいて・・・・
黙々と
ぞうきんで、
天井や壁を掃除しながら思いました。
今まで,こういうところの掃除をしなかったこと。
この病院のおかげで、僕は生まれてこの方、生活できていたこと。
そして、今も、商売をさせてもらっていること。
なんか感謝の心が芽生えました。
よくトイレ掃除をすると良い。
と聞きますが、
西田文郎先生曰く、
「僕はトイレ掃除なんか見ても何とも思わないよ。
だって、普段しているから」
結局、トイレを掃除することが目的なんではなく、
普段やらないことを一生懸命やることに、
そういう心が芽生えるということなんでしょう。
意外とオススメです。
いまさらですけど・・・・
僕の夢というタイトルですが、
「僕」の夢の話ではなりません(笑)
サッカー本田選手の作文の話です。
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「将来の夢」
ぼくは大人になったら、
世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
だから、今、ぼくはガンバッている。
今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。
そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれて
ヨーロッパのセリエAに入団します。
そしてレギュラーになって10番で活躍します。
一年間の給料は40億円はほしいです。
プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、
世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを
買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、
世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。
セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰り
ミーティングをし10番をもらってチームの看板です。
ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。
この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、
いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。
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イチローといい
石川遼君といい、
本田選手といい
気持ち悪いよ!!
(笑)
でも、さすがだね!!
遅くはないから、
夢を書こう!!
(最初に断っておきますが、僕は無宗教者・無神論者です。)
ある事柄を聞いて、昨日の夜、考え事をしていました。
我々は、何故生きているのだろう?
人間は、あんまりにも横暴だ。
本来、動物は、
環境に自分を変化させることで、長い年月、種を保存してきた。
しかし、人間は、自分ではなく、環境を変え生き延びてきた。
だから、主体を自分においてしまう。
そして、いつの間にか、
「自分がやっている」
という気になる。
でも、ほとんどのことは、
仲間に助けられ、
家族に助けられ、
奇跡的な事象に助けられ生きているのだ。
だから、本来は、
「生きているのではなく、
何らかの理由で,この世に生かされている」
と考えるのが,本筋なのかもしれない。
たしかに、
我々がこの世に生を受けたことすら、
自らの意志で誕生したのではないのだから、
そこに何かを感じることも、
もしかしたらわるいことではないのかもしれない。
さて、
我々は,突然様々な事に見舞われます。
これは、もはや自らの意志では
何らコントロール出来ないことです。
つまり、些細なことは起こるにせよ、
それほど大きな問題がないということは、
大きなうねりの中で、
自分たちに何かのミッションが与えられているのかもしれない。
それは、はっきりは分からないのだが、
『生かされている』
以上は、
一生懸命、
真剣に生きていくことが、
義務なのかもしれない・・・・
僕はまだまだ甘えていると、
心を入れ替え、
もっと頑張っていこうと
昨夜思ったのでした。
皆さんは、
人に恥ずかしくなく、
必死に、一生懸命生きていますか??